大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 平成10年(ネ)172号 判決 1999年7月09日

控訴人

学校法人北海道龍谷学園(変更前の名称 学校法人小樽双葉女子学園)

右代表者理事

寺村顯智

右訴訟代理人弁護士

山根喬

丸尾正美

被控訴人

志田昌禧

右訴訟代理人弁護士

越前屋民雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は次のとおり付加するほか原判決「事実及び理由」中の「第二事案の概要」のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決三頁一一行目の「被告高校」の次に「(平成一〇年四月一日に「双葉高等学校」と名称を変更した。)」を加える。

二  五頁五行目の「復職」の前に「同年一一月一日からの」を加える。

第三証拠関係

証拠関係は原審及び当審記録中の書証及び証人等目録のとおりであるからこれを引用する。

第四当裁判所の判断

一  争点1について

1  争点1のうち本件解雇時における被控訴人の身体状況及び被告高校における保健体育授業の概観等については、次のとおり改めるほか、原判決一七頁七行目の「1各項中に掲記した」から同二一頁八行目の「一〇分間である(<証拠略>)。」までのとおりであるからこれを引用する。

(一) 原判決一八頁一行目の「認められ、」の次に「肩関節がわずかに挙上できる程度で、」を加え、同六行目の「歩行に関しては、」から八行目の「走ることはできない。」までを「歩行能力は、正(ママ)常人の六〇パーセント程度で、平成九年当時四二歳の鑑定人(北海道大学医学部教官)が室内廊下で約八秒で歩行できる距離を一三秒かかり、装具を付けることにより単独歩行ができ、杖を用いると速歩行が可能であるが、走ることはできない。」に改める。

(二) 同一九頁三行目から同六行目までを「右手による書字は困難である。左手による場合、健常人と比較すると、紙面筆記、板書共に、半分位の能力であり、実用的なところまでに達していない。」に改め、同一〇行目の「特に、」から同二〇頁三行目の「ある。」までを「特に、被控訴人が大勢の人の前で話す場合や緊張しているとき相手にとって聞き取りが難しく、高校における授業時を想定すると、授業を受ける側に立つ生徒の理解と協力が必要となる。」に改める。

2  右に認定した事実及び前掲各証拠並びに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は本件解雇通知を受けた平成七年一二月当時において、控訴人高校における体育教諭として要請される保健体育授業での各種運動競技の実技指導を行うことはほとんど不可能であったし、教室内等の普通授業においても発語・書字力がその速度・程度とも少なくとも未成熟な生徒を対象とすることが多い高等学校の教諭としての実用的な水準に達しないことから多大の困難が予想され、とりわけ、授業・部活動中の生徒の傷害等事故の発生時に適切な措置をとることができないことが確実であり、その余の分掌事務の分担もその内容・性質と被控訴人の前記能力との相関においてその処理が不可能(例えば、学園祭における各種行事の実行指導とか、修学旅行の付き添いなど。)か、相当の困難が伴う(部活動の顧問等も簡単な口頭によるもののほかは、身体運動を伴うものは相当困難であろう。)身体状況にあったものと認められ、これらを要するに、被控訴人の身体能力等は、体育の実技の指導・緊急時の対処能力及び口頭による教育・指導の場面等において控訴人高校における保健体育の教員としての身体的資質・能力水準に達していなかったものであるから、控訴人高校での保健体育教員としての業務に堪えられないものと認めざるを得ない。

もっとも、被控訴人に対して適宜に補助者を付け、分担すべき業務を軽減し、また平素の授業における生徒の理解と協力を得られるならば、被控訴人が保健体育の教員としての業務を遂行できる場合がありうること、被控訴人が身体障害を克服する努力を続ける中で生徒の理解と協力を得つつ教員として活動することで被控訴人が主張するような教育的効果を期待し得る場合があることは、いずれも首肯し得ないではない。

しかし、本件においては、被控訴人がその「身体の障害」によって控訴人の就業規則一〇条一号所定の「業務に堪えられない」と認められるかどうかが争点であって、被控訴人が主張するような補助や教育的効果に対する期待(ただし、現実問題としてこれらが常に随伴するとは考えがたい。)がなければ、被控訴人が教員としての業務を全うすることができないのであれば、被控訴人は身体の障害により業務に堪えられないもの、すなわち同規則の同条項に該当するものであることを肯定するに等しいものというべきである。

また、被控訴人は、公民、地理歴史の教諭資格を取得したから同科目の業務に従事することができると主張するが、被控訴人は保健体育の教諭資格者として控訴人に雇用されたのであるから、雇傭契約上保健体育の教諭としての労務に従事する債務を負担したものである。したがって、就業規則の適用上被控訴人の「業務」は保健体育の教諭としての労務をいうものであり、公民、地理歴史の教諭としての業務の可否を論ずる余地はないというべきである。

二  争点2について

1  被控訴人が脳出血を罹患した原因が控訴人高校における過労であると認めるに足りる証拠はない。

2  証拠(<証拠・人証略>、原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

控訴人高校の教員の体制は、各教科を担当する専任の教員のほか時間講師が置かれ、その人数構成は一定ではない。平成五年一〇月当時の保健体育の授業は三人の教員と一人の時間講師が分担し、平成一一年当時の保健体育の授業は四人の教員と一人の時間講師が分担していた。

被控訴人は平成六年四月に病院を退院し、その後の通院治療及びリハビリテーションを経て担当の医師から「歩行能力獲得、左手への利き手変換完成、構語障害改善、十分就労可」と記載した平成七年一〇月一九日付け診断書の交付を受け、同月二三日控訴人に対し就業できる状態に回復したので同年一一月一日から復職することを希望する旨の復職願を右診断書を添えて提出した。

控訴人高校の副校長は平成七年一一月一六日被控訴人の担当医師と会って被控訴人の障害の程度等について聴取したところ、同医師から被控訴人には障害が残っているので以前のように元通りの仕事をすることはできないが仕事の内容によっては就労可能である旨の回答を得た。

平成七年一一月二九日から同年一二月一九日までの間に被控訴人と控訴人高校の校長との間で被控訴人の処遇を巡る交渉が行われた。その際の被控訴人の要望の要旨は賃金の減額はやむを得ないが、一、二年間保健体育の教員として復帰させて欲しいというもので、これに対する校長の回答の要旨は教員としての復帰は無理であり、したがって解職はやむを得ないが、時間講師としての使用を検討したいので年明けの三学期に週七時間の保健の授業を担当してもらった上で翌年四月以降の処遇を再検討するというものであった。以上の事実が認められる。

3  前記争いのない事実、一及び前項の各認定事実、とりわけ学校における教員採用は学校が各教科ごとに教員の能力適性及び組織運営全般に対する総合的検討に基づいて行うものであること、控訴人は被控訴人のために就業規則を改正するなどして解雇の意思表示までの間においてもできるだけ有利に処遇したこと(弁論の全趣旨)などを併せて考慮すると、本件解雇が解雇権の濫用に当たるものということは到底できない。

被控訴人は平成六年に北海道教育委員会から公民、地理歴史の教員免許を受けたものであるが(<証拠略>)、実務経験がまったくないことや前記書字・発語能力などに照らすと、被控訴人が実際に平成八年当初から直ちに社会科教諭として補助・事務の軽減等のない通常の業務に堪ええたか疑問のあるところであり、この点や控訴人高校の教職員数等を考慮しても、右の認定判断を動かすには足りない。

その他、本件解雇が解雇権の濫用であると認めるに足りる証拠はない。

三  以上のとおり、控訴人が平成七年一二月二七日にした本件解雇の意思表示は有効であって、被控訴人は平成八年一月四日限り控訴人の従業員としての地位を喪失したものというべきであるから、被控訴人の本件請求はいずれも理由がない。

第六(ママ)結論

よって、被控訴人の本件請求をいずれも認容した原判決は不相当であるからこれを取り消した上で、被控訴人の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年四月二八日)

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 中西茂 裁判官 森邦明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例